震災から我が家が復興するまでの一ヶ月...

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震災から我が家が復興するまでの一ヶ月...

ブルース − ビジネス,ブルース − ファミリー,東日本大震災2011年4月 7日 01:05 Comment: 0

震災後、初めてこのブログを投稿します。

東日本大震災からまもなく1ヶ月がたとうとしてます。我が家のライフラインは回復、多少不自由はあるものの生活する上での支障はなくなってきている。気持ちは被災モードから脱却しつつある我が家。津波などの影響でまだまだ不自由な生活を送っている方々、既に救済モードでガンバっている被災地の人もいる。我々にとっての短い被災生活を忘れないように、そしてまだ終わっていない事を理解する為にこれまでを綴ってみようと思いました。

被災直後の電気のない夜

まっくらな夜は3日経験しました。被災当日は避難所(向かいの八乙女小学校)のグランドに車中泊。八乙女小学校は震災直後から人だかりでした。翌日からは余震の恐怖をわすれるように閉まりづらくなった入り口の扉をあけて荒れ果てた自宅の掃除。また余震でめちゃめちゃになるかもしれないのに、でもやらないと落ち着かないんですよね。電気がないでのろうそくや懐中電灯、自力発電型のラジオ。情報はラジオのみ。幸いだったのがお風呂に水をためていた事。下水はOKなのでトイレに大活躍。余震がある夜はなにげに怖い、が酒は飲む。朝がくるとほっとしますね。これほど素敵だと思った事はない。

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たまたま自宅にあったジャガイモを石油ストーブで焼いて食べた。石油ストーブがあったのもラッキー。我が家は結構ついていたかもしれない。塩をふって食べる、これはおいしいんだよね。ライフライン全てだめだと普段では必要のないいろいろな工夫が必要。食事(食材調達と調理方法)、トイレ(水の有効活用)など。ちょっと過酷な感じはキャンプのようである。不謹慎だけど素敵だったのは電気がない夜空。星は子供の頃から好きなんですよね。ちょうど満月だったのが残念。なければ5、6等星くらいまでは見えたんではないでしょうか。

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何をするにも行列!被災者の心情

以前、七夕まつりの花火大会の場所争奪戦をみてた時、人間のあまりの身勝手さにこれが震災の人だかりだったら恐ろしい状況になると思ってた。しかしこんなときはみんな協力しあい、我慢しあうんですね。物資調達は仙台市内でもかなり困難だった状態が続きました。水の調達、食料の調達です。ディズニーランドの待ち行列で経験した待ちとはちょっと違いますね。水は2時間並んで終了と告げられ、さすがに罵声があがります。前後に並んでいる人と雑談。普段ない同じ境遇の方とのコミュニケーション。そして情報交換。そして1日がかりで調達。

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家族が生活する為に、日中は周りの方と協力し合って活動し、日が暮れると家族と収穫した食料を調理し食事する。ごく当たり前で普段より人間的な生活。子供の頃、近所で野菜などを分けてくれたりして、何よりだーと母が喜んでいる。今は便利だからお金があれば特に周りを気遣う事無く生活出来てしまうんですよね。

そうそう、まだ車でいろいろと調達できたからよかったが、そろそろ車にガゾリンがなくなります。もちろん、スタンドは大行列。半日並んで10台前で終了。ガソリンはつきて、ついに車のない生活を開始してみる。

歩くとわかる、被害の状況

ついに車なし生活を開始。これまでいかに自家用車に依存した生活をしていたことか。同時に灯油もあきらめる事になる。つまり歩いて灯油を運べる範囲にガソリンスタンドはないといっていいのです。幸いなのがこの頃は水道は使えるようになったことでしょうか。必要なのは食料。歩ける範囲のスーパーなどのお店を探索するという生活が始まる。

この辺に住み始めて15年ほどになるが、歩いて探索した事が無い。常に車か自転車。気づかないことがいろいろ気づけて新鮮な感じである。泉中央の空いている飲み屋、八乙女にも焼き肉屋や沖縄料理屋が開店していて目につく。震災の傷跡も結構目にする。震災直後にもかかわらず営業してくれた近くのファミマ。よく見るとガラスも全部われてひどい状態だったのがわかる。2、3日はここで買ったもので生きていたようなものでした。

震災前までは、家はほとんど食事と寝るだけの場所だったかもしれない。でも行動範囲が限られると生活する上で必要なものが近くで入手したい。この地域の中で協力し合い、より住みやすくしていきたいという気持ちになります。

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もう一つの問題は、お風呂でした。歩きでも自転車でも行動できる範囲に空いてる銭湯は全くない。ここは動いている交通機関を駆使して行くしか無い。そこで富谷町のゆっぽへいくことにチャレンジしてみた。多少歩くが八乙女から吉岡行きのバスで近くまで行きました。本当にいくか不安ながら乗り込んでなんとか成功。案外楽勝である。4号の国道沿いを歩くなんてことも中々ないですからねー。1時間1本のバス。時間をきちんと使えれば有意義な行動ができますね。つくづく自家用車は便利なものですね。しかし子供も大きくなった我が家では決して必要不可欠なものでは無いのかもしれません。

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熱いボランティア精神、県外人の想い

福島原発の影響で母国へ帰る外国人が多い中で、東京から宮城へボランティアにきてくれたDavidくん。我が家に1週間程滞在してました。宮城野区、多賀城市を中心に実際にボランティア活動を行うことで、被災地にほんとうに必要なものは何か...を模索していたようです。

いったん東京へ戻り、物資を調達して仲間をつれて再度在仙してます。苦戦してたのはどこの避難所がどのように困っているのかがみえないこと。避難所同士の横のつながり、情報が全くない事。海岸沿い、内陸ともに孤立している避難所が多数あるが、いったいどのようにしたら多くを救う事ができるのか。

そして、デビと偶然しりあった東京のIT企業の社長をやってる吉田さん。会社をそっちのけ?で一人ボランティアにきてくれたそうです。人はみんなつながっているんだ...といって使命感にかられて来そうです。東京勢は焼き肉屋で「仙台にお金をおとさなきゃ!」と大量に食べていたのが印象的だった。来週は気仙沼に牛タン弁当を届けにいくそうである。

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避難所生活を送る人達もまだまだ大勢おり支援が急がれる中、その支援を行うためのリソース、経済に対する被災の復興も大きな課題ではないでしょうか。

経済は完全被災モード。被災地の自立は...

被災地とはいえ被害の少なかった仙台の市街地、とはいえ東北の経済は流れがストップしているのは歪めない。支援を行うにも多額の費用が発生するし、みんながいつまでも自身の生活を犠牲にしてボランティアが行える訳でもない。被災して職を失った人も大勢いる。ちなみに非常勤の英語教師Kayanoもしばらくは仕事が無い状態だ。

そんな中、自治体の3月予算執行案件だらけのうちの会社の売り上げは大打撃を受けた。自治体職員には予算執行に猶予が与えられその結果、地元中小企業は3月の売り上げ機会を無条件に奪われるという事態である。ただでさえこの震災で損害があるというのに、特に被災地の宮城県、仙台市がこのような事態を容認する事が信じられない。

被災者の中には仕事を失った人も大勢いるし、新卒でも内定が取り消された人もいるとおもう。被災地の企業は、そのような人達を雇用する必要がある。雇用に対して助成金もでてきている。しかしながら企業自体が元気にならない事には積極的な雇用には繋がらないし、地域が本当に自立する為には被災した地元中小企業に対しての救済措置が必要であるとおもう。

これからのビジネスがかわる?

とはいえ今回の震災を機にビジネスもかわっていくように思える。需要と供給のバランスが逆転。今まで便利なものが横行していたが今後は必要なものも中々手に入らない。経済の基本である物物交換にちかい状態である。あとは寄付や募金も含め、必要不可欠なものを無料で提供することが多くなっていく。その原資は別の方法で作らなければならない。などなど、容易に察しがつく。さてその原資はどのように作ればよいのでしょうか。行政の予算だけでは当てにならない。そこがアイデアの出しどころでしょう。

ITに関しては多少価値観がかわったようである。データの保全、特に戸籍データがなくなった自治体もある。クラウド、特にパブリッククラウドの重要性がしばらくは問われるだろう。これは今後の計画停電に対する対策にも話題となるでしょう。また個人情報保護の必要性も大きく問われる。保護しすぎたり、漏洩のリスクを重んじることで、今本当に必要な情報を失ったり手に入らなかったりする。必要に応じておおいに公開すべき情報となった。Google Person Finder でKayanoのフルネームと特徴が掲載されていて、探されていたのには驚いた。あとは、twitterの活躍。みじかな最新の情報を検索するのに非常に役にたった。facebook、これは個人が明確なので安否や今の状況の確認、連絡に役にたった。但し、地震直後の電気や上流の回線やプロバイダ、携帯の電波の故障時は役に立ちようがないですが...

このような状況で得たものは...

20110402_16.jpg 今回の震災後は、様々な方から電話やメッセージ、支援を頂きました。
旧友や滅多に連絡をとることのない親戚、そして多くの友人の励ましや物資いただきました。周りにはたくさんの人に支えられているという事を実感しました。とはいえ震災後、私自身は家族と共に行動する時間が非常に多くなりました。いざという時に被災生活を共有するのは家族なんでしょうね。最後にKayanoの友人から賞状を頂きました。まだまだこの被災で苦しむ人がたくさんいる中でちょっと恐縮ではあるのですが、涙ながらに頂く事にしました。本当にありがとう。

そんな中で、5月8日東京恵比寿でチャリティーライブを行おうと思う。SLSは被災地バンドという立場で出演する予定である。直接的な復興の施策ではないが、まずは被災地復興の為の資金が少しでも集まればと考えている。詳しくはSLS公式サイトで掲載していきます。

というわけで、長々と綴ったが取り留めない内容で申し訳ないが、自分自身、この時に何を考えていたのかを書き留める意味でもあります。ご了承ください。

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